2026/08/16 17:30
当店の欧州軍のなかで最も高値がついた1本。イギリス軍のグリーンデニム。ペンキと補修だらけの襤褸(ぼろ)ですが、ウエスト内側に品名とサイズを刷った紙のようなラベルが残っていました(¥59,890・販売中)
欧州の軍モノは、国ごとに「書いてあることの種類」が違う
米軍のミリタリー古着には、DSA・DLAという契約番号の共通言語があります。桁を読めば年代の帯が出る。ところがヨーロッパの軍モノには、それがありません。国ごとに、省庁の略号だったり、型式番号だったり、金具の刻印だったり、あるいは洗濯の注意書きしか書いていなかったりします。
当店にいまあるヨーロッパ各国軍16本の内側を、1枚ずつ全部見ました。分かったのは、タグに何が書いてあるかで、言えることの深さが階層になっているということでした。日付まで書いてある個体から、タグが1枚も付いていない個体まで。この記事は、その階層をそのまま並べたものです。
■ まず結論(この記事で分かること)
① 英軍のサイズ番号は、ウエストのインチではありません。当店の実物2枚のラベルには身長まで刷ってあり、Size 8のほうがSize 9より背の高い人向けでした。しかも品目・年代ごとに別体系です。
② 「M.V.O.」はオランダ陸軍省の略号(Ministerie van Oorlog)。この省は1959年に国防省へ統合されて消滅しているので、「1959年より後ではない」という上限の手がかりになります(下限は決まりません)。当店が「60s ベルギー軍 M.V.O」と書いていた1本は、国の表記も年代も見直しが要ります。
③ 年号が入っている個体もあります。オランダの1本には「KL 1971」、米国製英軍向けの1本には「Dated Jan. 9, 1943」。
④ 金具に国名が打ってある個体もあります。チェコスロバキア軍のアジャスターには「CZECHOSLOVAKIA」。
⑤ Métis(メチス)は生地の名前で、軍の型式名ではありません。綿と麻の交織のことです。
【1943】いちばん雄弁だったタグ — 米国製の英軍パンツに、日付が入っていた
白いコットンの当て布に縫い付けられたラベル。「SIZE 9 / HEIGHT 5 ft. 7 in. to 5 ft. 8 in. / WAIST 34 in. to 35 in. / SEAT 40 in. to 41 in. / A. E. KORNMAN / Cont. W-669-qm-25493 / Dated Jan. 9, 1943」。隣に青いステンシルで「9」(¥28,890・販売中)
当店が「40s USA製 War Aid イギリス軍」として出している1本です。USA製なのにイギリス軍という表記は矛盾ではありません。1941年以降のレンドリース(武器貸与)で、英軍のバトルドレスがアメリカで作られて英連邦軍へ送られたからです。ある専門業者は、その製造は1943〜45年で、白いコットンの裏打ち・アメリカ式のボタン・露出ボタンのマップポケットが特徴だと説明しています(出典は業者1件で、一次資料は確認できていません)。
ただしこの個体については、資料に頼る必要がありません。ラベルに契約番号(Cont. W-669-qm-25493)と日付そのものが刷ってあるからです。「qm」は米陸軍の需品科(Quartermaster)。この1本に限っては、来歴も年も、タグが自分で言っています。
内側が白いコットンで裏打ちされ、ボタンが露出しています。War Aid の特徴として業者が挙げる作りと一致します(同時期には英連邦向けのカナダ製もあるため、作りだけで断定はしません)
【サイズ】英軍の「Size 8」は、ウエストのサイズではない
ヒーロー個体のラベル。「DENIM - TROUSERS / Size No. 8 / Height 5' 9" to 5' 10" / Waist 35" to 36" / Seat 40" to 42" / Leg 32" / A. BAYER & CO. LTD.」。品名と身体寸法がそのまま刷ってあります
ここで、先ほどのWar Aidのラベルと並べてみてください。
・Size No. 8(グリーンデニム)… 身長 5'9"〜5'10"(約175〜178cm)/ウエスト 35〜36インチ
・SIZE 9(War Aid)… 身長 5'7"〜5'8"(約170〜173cm)/ウエスト 34〜35インチ
番号が大きいほうが、背が低い人向けになっています。これは誤植ではありません。この2本の番号は、身長帯と胴回りの組み合わせに割り振られた「組番号」だからです(ラベル自体がそう書いています)。番号が1つ違えば身長が変わることも、胴回りが変わることもある。当時の解説にも「論理的な進行に見えないので、自分に合う2〜3の番号を探すしかない」と書かれています。
そしてもっと大事なのは、英軍の番号が一つの体系ではないことです。1960年代の Trousers, Overall, Green は「Size 6(36x31)」のようにウエスト×股下に対応し、P1960コンバットは「Size 8 – Long Medium」と体型呼称と対になります。共通して言えるのは「番号はウエストのインチではない」の一点だけ。だから当店は番号を参考情報に留め、実寸を正とします。
【1940s-1960s】英軍の「グリーンデニム」は、生地の名前ではなく品名だった
ヒーロー個体のラベルに刷ってある品名は「DENIM - TROUSERS」。英軍の Overalls, Denim は、ウールの軍装の上から着る作業衣で、バトルドレスと同じ型をしています。1942年頃の制定で、1950年代半ばまで作られました。
その後継が、1962年頃に入った Trousers, Overall, Green。こちらはデニムではなく緑の綿ドリルで、ボタンも緑灰色のプラスチックになります。つまり同じ「英軍の緑の作業パンツ」でも、50年代までのデニム型と60年代以降のドリル型は別物です。当店のこの個体は品名ラベルが「DENIM」なので、デニム型のほうにあたります。
ボタンフライと、ウエストの調整タブ。ボタンは金属で、ずらりと縦に並びます
ペンキの飛沫と補修。作業衣として本当に使われた1本です
【1971】年号がそのまま入っている国 — オランダ
黒地に金色の織りネーム。「KL」の右肩に小さく1971、下段に「SEYNTEX 78-80」、その下に管理番号らしき数字(¥14,900・販売中)
KL=Koninklijke Landmacht(オランダ王国陸軍)。その横に製造年が入っています。SEYNTEXはベルギーの被服メーカー(1908年創業のA.M. Seynaeveが前身)で、メーカーがベルギーでも、支給先はオランダ陸軍ということがこの1枚で分かります。
ここが欧州軍でいちばん間違えやすいところです。ラベルのメーカー名は「作った会社」であって「支給された国」ではありません。
【書式】同じオランダでも、ラベルの書式が3種類ある
オリーブ地に黄色い印字。「MAAT 82 x 80 / K.L. / WGK 09708022」。MAATはオランダ語でサイズ。メーカー名は入りません(¥15,000・販売中)
オリーブ地にオレンジの刺繍。「K.Lu. / SEYNTEX 78×80」。KLではなくK.Lu.=Koninklijke Luchtmacht(オランダ空軍)です(¥14,000・販売中)
3本並べると、書式がまるで違います。黒地の織りネーム、オリーブ地の印字、オリーブ地の刺繍。サイズの区切り記号すら「78-80」「82 x 80」「78×80」とばらばらです。そしてKLとK.Lu.で、陸軍と空軍が分かれています。当店はこの3本をどれも「オランダ軍」と書いていましたが、1本は空軍でした。
同じ個体のジッパー。引手に「DMC」の刻印。3本のうちこの1本だけがジップフライ+腿のジップポケットという別仕様でした
【訂正】「ベルギー軍 M.V.O」は、たぶん違う — 当店の表記を直します
白い当て布に赤いステンシル。上の2行は掠れて読めませんが、最下行だけ「M.v.O.」とはっきり読めます(¥15,000・販売中)
当店はこの1本を「60s ベルギー軍 実物 M.V.O ダブルフェイス」として出しています。調べたところ、2つとも見直しが必要でした。
・国… M.v.O. は Ministerie van Oorlog(オランダの陸軍省)の略号として知られます。ベルギーの当該省庁は1920年2月4日以降 Landsverdediging(国防)に改称されているので、戦後のベルギー支給品に「陸軍省」の略号が押される理由は考えにくい、というところまでは言えます。ただし当店は、ベルギー支給品の刻印の実例を原文で確認できる出典では押さえられていません。
・年代… オランダ陸軍省は1959年に国防省へ統合されて消滅しました。だからM.v.O.表記は「1959年より後ではない」という上限の手がかりになります。ただし同省は1843年からあり、途中で統合・分離を経ているので下限は決まりません。しかも官給品のスタンプやラベルは、改称後も在庫が尽きるまで使われるのが普通です。当店は年を断定せず「1950年代までの可能性」と幅で書きます。
断定はしません。上2行が読めれば決まるのですが、そこが読めない。当店が言えるのは「M.v.O.と読める刻印がある」ところまでです。ただ、いま「ベルギー軍・60s」と書き続ける根拠は当店には無いので、商品説明を書き直します。ベルギーのメーカーがオランダ向けに作ったものを、メーカー名から支給国を取り違えていた——というのが、いまのところいちばん筋の通る説明だと考えています。
【金具】タグが無くても、金具に国名が打ってあることがある
サイドアジャスターの黒い金具。よく見ると「CZECHOSLOVAKIA」と打刻されています(¥43,000・販売中)
当店で2番目に高値がついた、チェコスロバキア軍のグリーンデニムです。布のラベルは白い小片に「P-2-C-1」とあるだけですが、金具に国名がそのまま入っていました。国が分かれば、あとは作りと生地で年代の帯を考えられます。
生地の寄り。V字が連なるヘリンボーン(杉綾)です
ウエスト内側の白いタグ。「P-2-C-1」。サイズなのか管理コードなのかは、当店では分かりませんでした
ひとつ注意を書いておきます。チェコ軍というと vz.60 という型番がよく引かれますが、vz. は vzor=型(モデル)の略で年号ではありません。vz.60 は1960年代初めに入った迷彩の野戦服を指して使われることが多いとされ、少なくとも無地のグリーン作業衣を指す言葉ではありません。この個体のスタンプに vz. の表記は見当たらなかったので、当店は型番を書きません(正式名称も不明のままです)。
【NATO】西ドイツは、数字の羅列にちゃんと意味がある
内側の白いラベル。上段に赤で製造者らしき表記、下に「840512-139-031…」、最下行に「Nicht imprägniert」(=含浸処理なし)(¥12,000・販売中)
この数字は、NATOの在庫番号(NSN)の形をしています。先頭の 8405 は被服(Outerwear, Men's)の分類で、続く 12 はドイツの国コード。つまり数字の並びを見るだけで「ドイツが調達した被服」と分かります。米軍のNSNと同じ考え方です。
連邦軍の単色モールスキンの野戦服は1960年代半ばに入り、1990年代半ばにFlecktarn(フレクター迷彩)へ置き換わりました。ですから「単色モールスキン=おおむね1990年代前半以前」という片方向の目安にはなります。逆に「モールスキンだから何年」とは言えません。
【最小限】赤い「48」だけ、洗濯の注意書きだけ、という国もある
白い綿テープに赤インクで「48」。ブランド名も製造者も年号も、どこにもありません(¥12,900・販売中)
こちらはスウェーデン語の洗濯注意書きだけ。「Tvättningsföreskrift(洗濯法)/色が褪せないように…」と書いてあり、サイズも製造者も年号も入りません(¥30,900・販売中)
同じ「ヨーロッパの軍系」でも、タグに載る情報の種類がここまで違います。数字1つだけの個体に対して、当店ができるのは作りと生地から10年単位の帯を書くことだけです。
同じ個体のポケット。上のフラップは茶色のボタン、下は灰ベージュのボタン。色が違ううえに付け糸も浮いています=あとから交換されたボタンです
【訂正】「月桂樹ボタン」と書いていたものは、SHIELD という刻印でした
フライのボタン。下側は「SHIELD」の刻印+月桂樹風の装飾が入ったシルバーのスナップ。上側は無刻印の茶色い別部品です(¥16,890・販売中)
当店はこの1本を「スウェーデン軍 50-60s フィールドパンツ 月桂樹 ダブルニー」として出していました。改めて拡大して見ると、月桂樹風の装飾はありますが、刻印はSHIELD。金具メーカーの名前と読むのが自然です。
スウェーデンの官給品には王冠(三王冠)の刻印が入るとされますが、この個体のボタンにそれは見当たりません。しかも上下でボタンが別物です。当店はこの表記も直します。「月桂樹」という言葉から軍の紋章を連想させてしまうのは、正確ではありませんでした。
【無記名】タグが1枚も無い個体を、どう書くか
ウエスト内側を開いたところ。ラベルの台座すらありません。無地の補強当て布だけです(¥15,900・販売中)
当店が「50s ベルギー軍」として出している1本は、内側を開いてもタグが1枚もありませんでした。こういう個体で言えるのは、作りの話だけです。ボタンフライであること、タン色の4つ穴ボタンで揃っていること、ただし裾のボタン1個だけが黒で白糸留め=交換されていること。
タグが無いことは「古い」の証拠にも「偽物」の証拠にもなりません。タグは落ちるし、そもそも付いていないこともあります。当店は、無いものから何かを引き出そうとしないことにしています。
【用語】Métis(メチス)は国名でも型式名でもなく、生地の名前
当店は「スウェーデン軍 リネン混 Metis ベイカーパンツ」「東ドイツ軍 Metis ブラウン」という書き方をしています。métis はフランス語で、経糸に綿・緯糸に麻を使った交織のことです。麻の比率は40%以上が目安で、半々前後の配合が一般的とされます。
つまりこれは素材の呼び名であって、その国の制式名ではありません。記事や商品説明では「Métis(メチス=綿と麻の交織)」と開いて書きます。型式名と混同させないためです。
【用語】「ダブルフェイス」は、裏返して着られるという意味ではない
市場で「ダブルフェイス」と呼ばれるオランダ軍のパンツは、厚手のコットンを二重に重ねた重量級の生地でできています。裾の折り返しを見ると生地が2枚あるのが分かります。裏返して着るリバーシブルとして作られたという説明は、当店が見た範囲の販売資料には出てきませんでした——ただし「リバーシブルではない」と言い切れる資料も見つかっていませんので、当店は写真で確認できる事実(生地が2枚)だけを書きます。
そしてこの言葉自体は年代を決めません。1950年代の個体も、1970年代の印字を持つ個体も市場にあります。年代を決めるのはラベルであって、生地の通称ではありません。
【実寸】「82×80」のような数字と、実寸の関係
欧州軍のサイズはcm表記が基本ですが、規則は国と年代で違います。当店のオランダ製個体は「82×80」の表記に対し股下の実測が約79cm、「78×80」で約76cm。ウエスト×股下と読むとほぼ合いましたが、これは当店の実測から逆算した読みであって、規則の裏付けではありません。なお近年の英軍のズボンは3つの数字で「脚/胴/尻」の順とされ、ウエストは真ん中の数字であって、いちばん大きい数字ではないと説明されます(出典は英国のサープラス店の解説で、他国・他年代に当てはまるかは確認できていません)。
ただし国と年代で規則が違い、業者の解説も食い違うことがあります。だから当店は全商品でウエスト・股上・股下・わたり・裾幅を平置きで実測して載せています。手持ちのパンツを同じように測って、その数字と比べてください。
【方針】当店が欧州軍をどう書くか
・ラベルに読めた文字は、読めたまま載せます。推測で補完しません(M.v.O.の上2行のように、読めない行は読めないと書きます)。
・メーカー名と支給国を分けて書きます。SEYNTEXはベルギーの会社、支給先はオランダ、というように。
・年号が読めた個体だけ、年を書きます。読めない個体は10年単位の帯にします。
・型番は、その個体に表記があるときだけ書きます。vz.60・P1968のような型番を、形から当てはめません。
・間違いが見つかったら、記事で訂正します。この記事では当店の「ベルギー軍 M.V.O」「月桂樹ボタン」「オランダ軍(実は空軍)」の3点を直しました。
【チェック】買う前に見るところ(5つ)
・ウエスト内側の全面… ラベルは腰裏・見返し・ポケット袋のどこかに残っていることがあります
・金具の刻印… バックル・スナップ・ジッパーに国名やメーカー名が打ってあることがあります
・数字の桁… 「8405 12 …」ならNATOの在庫番号。12はドイツの国コードです
・ボタンが揃っているか… 1個だけ違う個体は普通にあります。年代の根拠にはできません
・実寸… 番号もcm表記も目安。平置き実測がすべてです
■ この記事に出てきた個体(販売中)
60s 襤褸 イギリス軍 実物 グリーンデニム Size8/W37 L27 — ¥59,890
50s チェコスロバキア軍 実物 グリーンデニム サイドアジャスター/W39 L27 — ¥43,000
30-40s スウェーデン軍 リネン混 Métis ベイカーパンツ/W31 L31 — ¥30,900
40s USA製 War Aid イギリス軍 Size9 ウールパンツ(Dated Jan. 9, 1943)/W35 L30 — ¥28,890
70s オランダ軍 実物 ダブルフェイス カーゴパンツ(KL 1971 SEYNTEX)/W32 L30 — ¥14,900
70s 西ドイツ軍 実物 モールスキン カーゴパンツ/W36 L26 — ¥12,000
16本を並べて分かったのは、欧州軍には共通言語が無いということでした。だから1本ずつ、内側を開いて、読めるものを読むしかない。読めた個体は年まで書けて、読めない個体は帯で書く。その差を隠さないことが、いちばん誠実な売り方だと思っています。
写真はすべて当店(ib2)が撮影した実物です。他店・他者の写真は使用していません。
参照した資料:英軍サイズ番号・Overalls Denim/Trousers Overall Green の品名変遷、War Aid(レンドリース被服)の製造年と特徴、M.v.O.=Ministerie van Oorlog(1959年に国防省へ統合)、ベルギーの ministerie van Landsverdediging への改称(1920年)、A.M. Seynaeve(現Seyntex・1908年創業)、チェコの vz.=vzor、NATO在庫番号の分類(8405=被服/12=ドイツ)、Métis=綿麻交織、東ドイツNVAの年式アルファベット表記。
本記事の判別ルールは、研究サイト・専門業者・小売店の記述にもとづく「読み方」です。軍の一次文書には到達できていません。省庁名の改称年から刻印の年代を導く推論は上限・下限のどちらか片方にしか使えないこと、部品やラベルは欠落・交換しうることを前提に読んでください。
当店で確認できなかったことは、確認できなかったと記載しています(M.v.O.ラベルの上2行、チェコ個体の型式番号、スウェーデン個体の年号など)。
本文中で当店自身の商品表記を3点訂正しました(「ベルギー軍 M.V.O」/「月桂樹」ボタン/オランダ「陸軍」表記の1本が実は空軍)。該当商品の説明文も順次直します。
