2026/08/17 10:00
当店のコーデュロイのなかで最も高値がついた1本。太い畝、白い綿のサスペンダー、裾は革でバインド。ブランドを示す布のラベルは、内側を開いても1枚もありませんでした(¥33,690・販売中)
コーデュロイの年代は、どこで読めるのか
古着屋の値札で「30s」「40s」と書かれた太畝のコーデュロイ。当店にもいま17本あります。ではその年代を、何を根拠に書いているのか。今回そこを自分で検証したら、使えると思っていた手がかりのほとんどが使えませんでした。
この記事は、当店が自分の在庫にダメ出しをする回です。畝の太さ、シンチバック、ボタンの材質、ブランドタグ。ひとつずつ、なぜ年代の証拠にならないのかを実物写真で見ていきます。
■ まず結論(この記事で分かること)
① コーデュロイの語源「corde du roi(王様の畝)」は、フランス語に記録がありません。言葉が生まれたのはイングランドです。フランス語ではvelours côtelé(畝のあるベルベット)と呼びます。
② 畝の太さは年代ではなく用途と流行で選ばれます。太畝と細畝は同じ時代に並存しました。当店の1本は、本体と補修の当て布で畝の太さが違います。
③ 「針式シンチバック=戦前」は成り立ちません。いま作られている新品(Made in France・€179)が、シンチバック+サスペンダーボタン+ベルトループ無しという「20-30年代のマーカー」を全部満たしています。
④ ブランド名が読めても年代は出ません。当店在庫のLe Chat Vert・NAUCHE・Le Cèdre・E.Kaiser・Le Meilleur d'Amiens・SUPER-TEBMOCは、いずれも創業年もタグの変遷も確認できませんでした。
⑤ 硬い手がかりは「タグの法律」だけです。洗濯記号(ピクトグラム)は1963年導入。あれば1963年以降。ただし無いことからは何も言えません。
【語源】「corde du roi=王様の畝」は、フランス語に存在しない
コーデュロイの語源として「フランス語の corde du roi(王様の畝)で、王侯の召使いの服がルーツ」という説明をよく見ます。これは俗説です。フランス語にその語形の記録がありません。この生地を指すフランス語は velours côtelé(畝のあるベルベット)です。
綴りの最も古い記録は1772年のマンチェスターの英字新聞にある「Corderoy」で、OEDの最古用例は1774年。つまり言葉が生まれたのはイングランドの北西部、産業革命期の綿織物の街です。むしろフランス側の1807年の記録に、英語由来の kings-cordes が輸入品の名前として出てきます。言葉の流れは英→仏でした。
【畝】畝の太さで年代は決まらない — 同じ1本の中で畝が違う
冒頭の1本の生地。畝がはっきり立った太畝(ワイドウェール)。手に持つとずしりと重い
別個体の尻〜腿に入った大きな当て布。本体と当て布で畝の太さが違います。補修に使えるコーデュロイを当てただけ、ということです(¥30,000・販売中)
畝の本数(ウェールカウント)は1インチあたりの畝の数で表します。歴史的には1インチ4本から18本まで作られてきたとされ、太畝も細畝も同じ時代に並存しています。太いか細いかは、年代ではなく用途と流行で選ばれるものです。
しかも「何本から太畝か」を決める公的な規格はありません。資料ごとに境界の数値が食い違います。だから当店は畝の本数から年代を推定しません。
【★重要】「シンチバック=戦前」は、いま作られている新品が反証している
背中の尾錠(シンチバック)。針式のバックルで、腰の寸法を詰められます
冒頭の1本のウエストの金具。左右でフックの色が違います(片方が真鍮色・片方が銀色)。部品が揃っていない
古着の年表でよく見るのが「針式のバックルバックが付いていれば戦前」という説明です。これはアメリカのジーンズの話で、第二次大戦の資材制限とベルトの普及によって1942年頃に消えた、という年表が元になっています。
フランスのワークトラウザーズに、同じ年表は当てはまりません。それどころか、いまフランスで作られている新品が、その「マーカー」を全部満たします。リヨンの作業着メーカーが売っている€179のコーデュロイのズボンは、Made in France・550g/m²・背面に締めタブ・前にサスペンダー用ボタン・ベルトループ無し。2026年の新品が、20-30年代の判別条件を満たしてしまう。
これは自分たちにとっても痛い話です。当店の商品名に付いている「20-30s」「30s」という表記も、元をたどれば市場の慣行からの推定です。その推定を根拠に年表を作り、その年表で在庫のラベルを裏付ける。それは循環です。だから当店は、シンチバックの有無を年代の根拠にしないことにしました。
【タグ】ブランド名が読めても、年代は出てこない
腰裏に2枚のラベルが並列で付いた個体。左が「Le CHAT VERT」(猫の図案・緑糸)、右が「COSSERAT」(青い動物の図案)。書体も地色も図案も違う別々のラベルです(¥30,200・販売中)
黒地に金糸の織りネーム「NAUCHE」。下段の末尾は「COISE (Rhône)」と読めますが、中間の語は読めません。ローヌ県=リヨンのある県です(¥26,900・販売中)
ドイツ語の織りネーム「BEKLEIDUNGSHAUS E.Kaiser / FREIBURG i.BR.」。店名と都市名だけで、サイズも組成も洗濯表示もありません(¥21,300・販売中)
「Le Meilleur d'Amiens」。大聖堂の金糸刺繍つき。こちらも意匠だけで、サイズも組成も書かれていません(¥16,800・販売中)
黒地に赤糸の「Le Cèdre / MARQUE DÉPOSÉE」(=商標登録)。杉の木の盾のエンブレム入り(¥23,000・販売中)
当店の在庫でブランド名が読めたのは、この5つと、もう1点「SUPER-TEBMOC」(郵便ラッパの図案つき)だけでした。ではその名前から年代が出るかというと、出ません。Web上で創業年もタグ様式の変遷も確認できたものは、ひとつもありませんでした。
ブランド名は「どこが作ったか(あるいはどこが売ったか)」の手がかりにはなります。E.Kaiserはドイツ・フライブルクの洋品店の名前で、メーカー名ではないかもしれない。そこまでは言えます。でも物差しにはなりません。
【金具】金具に打ってある文字が、ブランド名とは限らない
金属ボタンの外周に「★ ELEGANT ★ SOLIDE」。ブランド名ではなく、品質をうたう文句が打たれています
前立ての金属スナップに「ZEUS」(星印つき)。こちらは金具メーカー由来と読むのが自然です(¥25,900・販売中)
金具の文字を見つけると、つい「ブランドが分かった」と思ってしまいます。でも実際には、品質の宣伝文句だったり、金具メーカーの名前だったりします。しかも当店の在庫では、刻印が摩耗して読めない個体のほうが多い。
背中の尾錠の金具。刻印らしき文字は残っていますが、摩耗と塗膜の剥げで読めません。当店はこれを「不明」と書きます(¥27,900・販売中)
【ボタン】ボタンが揃っていないのが、例外ではなく常態
茶色の4つ穴ボタンが並ぶなかで、右のタブだけ黒いボタン。1個だけ別物です
サスペンダー用のボタン2個。左は銀色で点打ち模様、右は黒ずんだ別デザイン。同じ用途のボタンが左右で違います(¥28,800・販売中)
17本を見て、ボタンが最初から最後まで揃っている個体はむしろ少数でした。腰は金属のドーナツ型、前立ては黒い4つ穴。ウエストは茶で前立ては青灰。前立ての中で1個だけ色が違う。数十年、現場で着られた作業着です。ボタンは取れたら付け替えられます。
だから当店は、ボタンの材質から年代を読みません。コロゾ(植物象牙)だ、カゼインだ、ベークライトだ、という材質の年表は流通していますが、そもそも壊さずに材質を確定する方法がありません。仮に分かったとしても、そのボタンがオリジナルだという保証がない。当店は見えるもの(金属か樹脂か/四つ穴かドーナツ型か/刻印の有無)だけを書きます。
【1963】唯一の硬い手がかりは「タグの法律」
では年代の物差しになるものは何も無いのか。ひとつだけあります。タグの制度です。制度には施行日があるので、片方向の線が引けます。
・洗濯記号(ピクトグラム)… 1963年導入(GINETEXがパリで設立された年と同じ)。あれば1963年以降。
・フランス語の繊維組成表示… 1973年3月14日の政令がよく引かれますが、その条文には「1963年10月25日の政令を廃止する」と書かれています。つまり規制はそれ以前からありました。だから当店は「組成タグがある=おおむね1960年代以降」という緩い下限までしか言いません。
ただしこの線は片方向にしか使えません。「洗濯記号が無い=1963年より前」とは言えません。タグは落ちるし、作業着にはそもそも付いていないことが多いからです。
【実物】当店の17本には、洗濯記号も組成表示も1枚も無かった
冒頭の1本のウエスト内側。クリーム色の見返し、ボタン列、金属フック。ラベルの類は1枚もありません
17本すべての内側を見ましたが、洗濯表示・組成表示のタグは1枚も見つかりませんでした。読めたのはブランド名の織りネームだけで、それも6本にとどまります。
洗濯表示・組成表示が無いことは、「だから古い」の証拠にはなりません。それでも書いておく価値はあります。この先もし当店が「洗濯記号のあるフレンチコーデュロイ」を仕入れたら、その個体は1963年以降だと言い切れるからです。ここが、いま当店に引ける唯一の確かな線です。
【1896】「ファーマーズ」は日本の市場の通称 — largeot(ラルジョ)という服
腰の左右に金属のDループが縦に3個ずつ。紐で編み上げて寸法を調整する仕様です。ベルトともシンチとも違う 3つ目の方法
太畝コーデュロイの職人ズボンは、フランス語で largeot(ラルジョ) と呼ばれます。1896年にリヨンの Adolphe Lafont が商品化したものとされます(仏Wikipedia・Le Laboureur。一次史料は確認できておらず、同じ逸話が1844年のサロペットに付いている資料もあります)。着ていたのは農民というより、大工・屋根葺き・石工といった職人(Compagnons)でした。
色が職種と結びついていたとも言われます。ただしどの色がどの職種かは資料ごとに食い違います(4色目を「青=船大工」とする資料と「ヘーゼル=建具」とする資料があります)。だから当店は、個体の色から職種を推定しません。
なお「ファーマーズ」という呼び名は、フランス側の正式な服種名ではなく日本の古着市場の通称です。当店も検索で見つけてもらうために使いますが、フランス語の名前ではないという前提で書いています。
【形】腿が張って膝下が細い=乗馬用、とは限らない
当店には「ジョッパーズ」と表記している個体があります。腿が張って膝下が細いシルエットです。ただしこの形は、乗馬用のジョッパーズだけのものではありません。屋根に登る職人のlargeot(demi-ballon=半バルーン)にも共通します。
形だけでは用途を決められません。乗馬用なら、膝や内腿の当て布、ふくらはぎの留め具(ボタン/紐/ストラップ)といったつくりが実物に付いているはずです。そこを確認できない個体を、当店はジョッパーズと呼ばないことにします。
【内側】外から見えない場所ほど、個性が出る
冒頭の1本の裾。茶色い革状の素材でバインドされています。裾の始末は個体ごとに違い、布のテープを二重にしたものもありました
17本を並べて、いちばん面白かったのは内側でした。腰裏やポケット袋の生地が個体ごとにまったく違います。タン色のコットン、クリーム色のリネン風、サーモンピンク、グレーの平織。表地はどれも退色した茶〜オリーブなのに、内側だけ色が残っている。
水色のシャンブレー、オレンジのコーデュロイ、黒い布を継ぎ合わせたポケット袋を持つ個体もありました。直しながら着られてきた服です。前立てを開いた1枚が、いちばん情報量が多い——これは17本に共通していました。
【方針】当店がコーデュロイをどう書くか
・畝の太さから年代を推定しません。「太畝」「細畝」は見た目の説明として書きます。
・シンチバックの有無を年代の根拠にしません。いま作られている新品にも付いているからです。
・ボタンの材質を断定しません。見えるもの(金属か樹脂か・穴の数・刻印の有無)だけを書きます。
・ブランド名は読めたまま載せます。そこから年代を導きません。
・洗濯記号・組成表示があれば、それは書きます。1963年以降という下限が引けるからです。無い場合は何も言いません。
・年代表記は10年単位です。その根拠が市場の慣行からの推定なら、そう書きます。
【チェック】買う前に見るところ(5つ)
・前立てを開いた内側… 腰裏・ポケット袋・見返し。ラベルはここに残ります
・洗濯記号があるか… あれば1963年以降。無いことからは何も言えません
・ボタンが揃っているか… 揃っていない個体が普通です。年代の根拠にはできません
・当て布と補修… 別の畝のコーデュロイが当ててあることがあります。畝が2種類ある=直された服です
・実寸… サイズ表記が無い個体がほとんどです。平置き実測がすべてです
■ この記事に出てきた個体(販売中)
30-40s ファーマーズ 太畝コーデュロイ ダークブラウン W41 — ¥33,690
30s Le Chat Vert 太畝コーデュロイ ブラウン W39(ラベル2枚建て) — ¥30,200
30-40s ファーマーズ 細畝コーデュロイ ブラウン(★ELEGANT ★SOLIDE ボタン) — ¥30,000
30s NAUCHE 太畝コーデュロイ ダークブラウン W35 — ¥26,900
40-50s E.Kaiser ファーマーズ 太畝コーデュロイ ブラウン W34 — ¥21,300
40s Le Cèdre ファーマーズ 細畝コーデュロイ ブラック W38 — ¥23,000
17本を検証して残ったのは、「畝でもシンチでもボタンでもなく、タグの制度だけが年代を語る」という、少し寂しい結論でした。でも当店はこの結論のほうを信じます。使えない手がかりで年代を書くより、使える線が1本しかないと知っているほうが、お客さんに対して誠実だと思うからです。
写真はすべて当店(ib2)が撮影した実物です。他店・他者の写真は使用していません。
参照した資料:コーデュロイの語源(1772年 Manchester Mercury/OED)、velours côtelé というフランス語呼称、largeot と Adolphe Lafont(仏Wikipedia・Le Laboureur、一次史料は未確認)、GINETEX(1963年設立・洗濯記号導入)、フランスの繊維組成表示に関する1973年3月14日の政令(第21条に1963年10月25日政令の廃止規定あり)、EEC指令71/307(1971年採択)、現行のフランス製ワークトラウザーズの仕様。
本記事は当店の在庫17本を実見して書きました。当店の商品名に付いている年代表記(20-30s/30s/40s など)は、市場の慣行にもとづく推定を含みます。本記事の検証を受けて、根拠の書き方を順次見直します。
「ファーマーズ」「ジョッパーズ」は日本の古着市場の通称です。フランス語の服種名ではありません。
