2026/08/19 10:00
当店のこのカテゴリで最も高値がついた1本。ヘリンボーンの生地、前開きのジップ、袖付き。当店は「wrangler talon HBT overall」という名前で出していますが、この記事を書くために調べ直したら、その名前は2箇所おかしいことが分かりました(¥77,000・販売中)
当店がいちばん高く売っている1本の、名前が間違っていた
この記事の冒頭の写真の1本は、当店のオーバーオール/カバーオール12本のなかで最も高値がついています。商品名は「40s 50s wrangler talon HBT overall」。
今回、12本のタグと金具を全部読み直しました。その結果、この1本の名前は2箇所おかしいことが分かりました。ひとつは「wrangler」、もうひとつは「overall」です。順に説明します。
■ まず結論(この記事で分かること)
① 「オーバーオール」と「カバーオール」は、日本語と英語でズレています。英語のcoverallは一体型のつなぎ。日本語のカバーオールは前開きの作業ジャケットも指します。
② 当店の冒頭の1本は、英語で言えばcoverall(つなぎ)です。ビブ(胸当て)付きのoverallではありません。
③ タグに書いてあるのはWranglerではなくBLUE BELLでした。ただしWranglerの商標は1943年にBlue Bellが取得したもので、元は作業服のブランド名です。文脈としては矛盾しません。
④ 「TALONが付いていれば古い」は成り立ちません。TALON 42の復刻品が現在も新品で売られています。
⑤ ラベルの名前が「作った会社」とは限りません。当店の在庫には、生地の商標だけのラベル、モンペリエの洋品店の住所、通販のハウスブランドが混ざっていました。
【呼称】overall と coverall は、そもそも別の服
英語では、coverall(またはboilersuit)=上下がつながった一体型のつなぎ。bib overall=胸当てと肩紐が付いたズボン。前開きの作業ジャケットは jacket か chore coat と呼ばれます。
日本語の「カバーオール」は、つなぎの意味に加えて、レイルロードジャケットやエンジニアコートのような作業着のトップスの総称としても使われます。フランス語だと、胸当て付きのズボンは salopette または cotte à bretelles(=肩紐付きの作業着)です。
つまり「オーバーオール」という言葉は、国と文脈で指すものが変わります。当店の冒頭の1本は袖が付いた一体型なので、英語で言えば coverall。商品名の「overall」は、日本語の用法としては通じますが、英語としては正確ではありません。
【★訂正】タグに書いてあったのはWranglerではなく BLUE BELL
冒頭の1本のタグ。上に白い布で「CHEST 42 REGULAR」、下に楕円のロゴタグで「BLUE BELL」、その下に「.SANFORIZED.」
当店は「wrangler」と書いていましたが、タグにその文字はありません。書いてあるのは BLUE BELL です。
とはいえ、これは完全な間違いでもありません。Wranglerの商標は1943年、Blue Bellが作業服会社を買収したときに取得したもので、元は作業服のブランド名でした。西部向けの11MWZが出るのは1947年です。つまりBlue BellはWranglerの親会社です。この時代の作業着にBlue Bellのタグが付いているのは自然です。
それでも当店は、これからタグに書いてある名前をそのまま書きます。「BLUE BELL(Wranglerの親会社)」と。読み替えを商品名に入れると、そこから先の話が全部ずれていくからです。
【サイズ】「CHEST 42 REGULAR」という書き方
同じタグの上段に、白い布で CHEST 42 REGULAR とあります。ウエストでも身長でもなく胸囲で、しかも体型呼称(REGULAR)が付く。つなぎなので胸囲で決まるのは理にかなっています。
ただしこの書式が何を意味するのか——支給品の様式なのか、作業着として一般的な書き方なのか——は当店では確認できませんでした。分からないので、「胸囲42・REGULARと書かれている」とだけ書きます。
生地の寄り。V字が連なるヘリンボーン(HBT)。黄変したシミと小さな穴も、そのまま写しています
ついでに「HBTはミリタリー専用の生地」も違います。HBTは綾織の向きを反転させた織り方の名前で、用途の名前ではありません。米陸軍が1938年に採用した理由のひとつは「既存のメーカーが設備を替えずに作れること」です。裏を返せば、民間側に下地がありました。30〜50年代の民間の作業着にも普通に使われています。
【TALON】TALONは「1937年以降」しか言わない
冒頭の1本の前立て。真鍮のスライダーに TALON の刻印。テープは経年で茶色く変色しています
TALONの文字は、1937年の社名変更以降という下限しか示しません。上限は示しません。理由は単純で、Talonブランドの金属ジッパーは今も新品で製造販売されているからです。TALON 42の復刻品も新品で買えます。復刻デニムやリプロにも普通に付きます。
「TALON 42の42は1942年」という説も、当店が確認した範囲では裏付けが取れませんでした。42は歯(エレメント)のサイズを示す番手とされ、現行のTalonも #45/#5/#8/#10 という番手体系です。市場には1960〜70年代のデッドストックとしてTalon 42が大量に流通しています。42が年号なら、この量は説明がつきません。
「金属ジッパー=古い/ナイロンコイル=新しい」という線引きも、切れません。ナイロンコイルの発明は1940年、普及は1960年代で、60年代を通じて金属とナイロンが併存しました。そして金属ジッパーは、ジーンズやワークウェアでは今も使われ続けています。
同じ個体の真鍮の楕円ボタン。筆記体の刻印が入っていますが、摩耗していて当店では読み切れませんでした
【ラベル】ラベルの名前が「作った会社」とは限らない
胸当ての織りネーム「Le Très souple / Sanfor / MARQUE DÉPOSÉE」。メーカー名もサイズも書かれていません。これは生地の商標だけが残っているタイプです(¥7,000・販売中)
ところが同じ個体のジッパーには、別の綴り「PROPHETIC」と読める刻印。ラベルの名前と部品の名前が別物です
黒地に金文字のラベル「H. ESCASSUT / Au Triomphe du Bon Marché / 25, Rue des Étuves MONTPELLIER」。胸には黄色いタブで「L'Exceptionnel」(¥19,000・販売中)
これはモンペリエの洋品店の名前と住所です。つまり「どこで売られたか」であって「誰が作ったか」ではありません。同じことが、当店のSEARSの個体にも言えます。SEARSは通販のハウスブランドで、製造は契約工場です。
そのSEARSの個体。布のラベルは1枚も残っていませんでした。手がかりは、唐草の装飾枠に「SEARS」と刻印されたボタンだけです(¥10,898・販売中)
【SANFOR】「SANFORIZED」も「SANFOR」も、年代ではなく加工の商標
デッドストックの個体に、紙タグが2枚残っていました。赤い六角のタグに「·SANFOR· / Marque déposée / ne rétrécit pas(縮みません)」、下げ札に「GEDEVA ·SANFOR· / SAVO」。品番「1694」、品名「COTTE A BRETELLES」、生地屋の名前まで読めます(¥15,000・販売中)
冒頭の1本のタグには「.SANFORIZED.」、このフランス個体の紙タグには「SANFOR」。どちらも防縮加工の商標です。米国式と欧州式で綴りが違うだけで、意味は同じ。「縮まない」という宣伝であって、年代の表示ではありません。
この紙タグ個体で面白いのは、品名が「COTTE A BRETELLES」=肩紐付きの作業着と、フランス語ではっきり書かれていることです。服が自分で名乗っている。通常なら真っ先に失われる情報が、この1本には残っていました。
ひとつ注意も書いておきます。デッドストックだから状態が完璧、ということはありません。未着用でも、ラックでの日焼け線、肩の埃、箱の中でのヤケ、カビ、虫食い、染料やプラスチックの劣化はあります。デッドストックが保証するのは「着用による摩耗が無い」ことだけです。
【フランス】Adolphe Lafont は名前も部品も揃っていた
赤い織りネーム「MADE IN FRANCE / Adolphe Lafont / SA / QUALITE SUPERIEURE」(¥14,000・販売中)
同じ個体のジッパー。角丸の枠内に ECLAIR の刻印。フランスのジッパーです。タグと部品の出どころが揃っている数少ない例
先ほどの「ラベルと部品が別物」の逆のパターンです。フランス製のタグに、フランスのジッパー。揃っていることは、ひとつの安心材料になります。ただし揃っていないからおかしい、という話ではありません。部品は交換されるからです。
別の個体のラベル。「PREMIÈRE QUALITÉ / ANCIENNE MAISON …/ FONDÉE EN 18??(数字は折れ込みで読めません)/ Claudius Lafont」。前身の店を継いだことを書くタイプのラベルです(¥14,000・販売中)
ここでひとつ、当店が我慢したことがあります。Claudius Lafont と Adolphe Lafont を「兄弟ブランド」「同系列」と書きたくなるのですが、英語でも仏語でも、それを示す資料は見つかりませんでした。Lafont公式の社史にも仏語版Wikipediaにも記載がありません。
同姓というだけで系列と書くのは、根拠がありません。当店は「別ブランド。関係は不明」と書きます。
赤い織りネーム「"VULCAIN"」。小さい2行はかすれていますが、「MARQUE DÉPOSÉE … LYON」「SANFOR… NE RETRÉCIT PA(S)」と部分的に読めます(¥16,000・販売中)
【混在】1着の中で、部品が揃っていない
Barbourのナイロン個体。王室御用達の紋章3つ+Barbour+サイズL+WATERPROOF AND BREATHABLE(¥9,000・販売中)
同じ個体のジッパーの引き手に YKK。ところが別の箇所には Barbour刻印のリング状の引き手が付いていて、1着の中で2種類混在しています
12本を見て、部品が最初から最後まで揃っている個体のほうが少数でした。ボタンが1個だけ茶色い、サスペンダーが白い綿テープに継ぎ足されている、金具の刻印が片方だけ残っている。
ブランドを示す布ラベルが1枚も無い個体。唯一の刻印であるバックル金具の文字は、かすれて読めませんでした。しかもこの1本は腰から下が丸ごと別生地に交換されています(¥9,000・販売中)
作業着とは、そういう服です。直しながら着られてきたものに、部品の年表を当てはめても意味がありません。当店は、見えている事実(何が付いているか、何が交換されているか)を書くことにしています。
【シンチ】「シンチが付いていれば戦前」は、アメリカのデニムの話
背中の締めベルト(シンチ)が付いていれば戦前、という説明があります。これは米国のデニム・ワークウェアに限った話です。第二次大戦中の資材節約で、Levi'sのシンチ・クロッチリベット・ブランドボタンが消えたことは公式に確認できます。
ところがフランスのワークウェアでは、シンチバックが戦後も続きます。同じ理屈は当てはまりません。当店のフレンチワーク個体にシンチがあっても、それだけで戦前とは言えない。国が変われば、年表も変わります。
【方針】当店がこのカテゴリをどう書くか
・タグに書いてある名前をそのまま書きます。(「wrangler」→「BLUE BELL(Wranglerの親会社)」のように)
・形の呼び名を分けます。一体型のつなぎ=カバーオール(coverall)、胸当て付きのズボン=オーバーオール(bib overall/salopette)。
・ジッパーの銘柄で年代を書きません。刻印は事実として載せます。
・ラベルの名前が「売り手」かもしれないことを書き添えます。(洋品店の住所・通販のハウスブランド)
・同姓のブランドを系列と書きません。資料が無ければ「関係は不明」と書きます。
・デッドストックは「未着用」と「状態」を分けて書きます。
【チェック】買う前に見るところ(5つ)
・胸当ての裏・腰裏・見返し… ラベルはここに残ります。紙タグが残っていれば大当たりです
・ラベルの名前が何を指しているか… メーカーか、洋品店か、生地の商標か。住所が入っていれば売り手の可能性が高い
・ジッパーと金具の刻印… 記録はします。ただし年代の決め手にはしません
・部品が揃っているか… 揃っていない個体が普通です
・実寸… CHEST表記もサイズ表記も目安。平置き実測で確認してください
■ この記事に出てきた個体(販売中)
40s 50s BLUE BELL(Wranglerの親会社)TALON HBT カバーオール CHEST 42 REGULAR — ¥77,000
30-40s H.ESCASSUT(モンペリエの洋品店ラベル)ファーマーズ コットン オーバーオール — ¥19,000
40-50s VULCAIN ファーマーズ コットン オーバーオール — ¥16,000
70s デッドストック SANO フレンチワーク オーバーオール(紙タグ2枚つき・COTTE A BRETELLES) — ¥15,000
60s- Adolphe Lafont フレンチワーク オーバーオール(ECLAIRジップ) — ¥14,000
60-70s SEARS デニムオーバーオール インディゴ(SEARS刻印ボタン) — ¥10,898
12本を読み終えて、当店がいちばん高く売っている1本の名前が2箇所おかしかった、というのがこの記事の結論です。直さずに売り続けることもできました。でも、名前が違えば、そこから先の説明も全部ずれていきます。だから直します。
写真はすべて当店(ib2)が撮影した実物です。他店・他者の写真は使用していません。
参照した資料:coverall/boilersuit/bib overall/salopette/cotte à bretelles の用法、Wrangler商標の取得(1943年・Blue Bellによる作業服会社の買収/11MWZは1947年)、Talon社の年表(1937年社名変更・現行の番手体系 #45/#5/#8/#10・TALON 42復刻品の流通)、ナイロンコイルの発明(1940年)と普及(1960年代)、HBTの米陸軍採用(1938年)と民間での使用、SANFORIZED/SANFORの防縮加工商標、SEARSのハウスブランド、Levi'sのシンチ廃止(戦時規制)。
当店で確認できなかったことは、確認できなかったと記載しています(「CHEST 42 REGULAR」という書式の由来、Claudius Lafont と Adolphe Lafont の関係、冒頭の1本の真鍮ボタンの刻印など)。
本文中で当店自身の商品表記を2点訂正しました(「wrangler」→タグはBLUE BELL/「overall」→形としてはcoverall)。該当商品の説明文も順次直します。
